「自由に使える読書感想文」というサイトを運営されている
恩田ひさとしさんというフリーライターの人が言うには、
夏休みを有意義に過ごすべき。
読書感想文という、あまり意味のないことに時間を使うよりも、
もっと、そのときにしかできないことをやってほしい。
とのこと。
そして、コピペは可能性を広げるのだそうだ。
ある意味、そうかもしれない。
可能性を広げるかもしれない。
でも、勉強という意味で、脳をきたえるという意味で、
コピペにはまったくもって意味がない。
茂木さんは言います。
これからは、コンピュータにできる仕事に人間は要らなくなる。
人間は、どんどんコンピュータにできない仕事をしなければいけなくなる。
人間の脳にしかできないことをできるようにならないと、
今後、生き抜いていけないと、私も思います。
自分の言葉で書いてない文、自分の言葉でしゃべってない人の言葉って
読んだり聞いたりしていると、割とわかるもんですよね。
コピペはできなかったけれど、専門書やimidasみたいな辞典を、
ほぼ写しただけじゃねえか、というのは昔もありましたよね。
PCが普及してそれがさらに楽になった、というだけだと思うのですが、
アホがどんどんアホになっていってしまうのは、本当に恐怖ですね。
アホじゃない人は、自分から発信したいことがあったりするので、
ときおり、ちょびっとパクってみたりすることはあっても、
自分の書きたいことを、頭ひねって書くわけですよ。
また、文章を書くのが好きな人は、自分の自尊心を満たすためにも、
自分で一から文章を組み上げていくのですね。
インターネット上にあるデータは、もうすでに「ある」もの。
それをもう一度作るのは意味がない、と茂木さん。
本当にそうだと思う。
『BRUTUS』のフクヘン。鈴木氏も、
「雑誌作るのに、ネットで検索してネタ探してるようじゃダメだよね」
というようなことを言われていました。
『声に出して読みたい日本語』の著者、齋藤孝さんは、
インターネットだと「情報に関わる深さ」が浅くなると言います。
なので、斎藤さんは本を読んでボールペンで書き込みをして、
引用する部分などを検討するのだそう。
これを無意味という人も言うかもしれないけれど、
斎藤さんは、「身体性」を重視し、情報と深くかかわりたいとのこと。
同感だな。
私は、なかなか自分で考えが整理しきれないので、本に頼ることが多い。
自分の中でモヤモヤしていたことがすっきりさせてくれるから。
ただ、その人の言葉をじっくりと咀嚼したり、
自分の考えとちゃんと照らし合わせたりして、
初めてすっきりするわけです。
自分で自分の考えをどんどんまとめられる人は尊敬します。
もちろん、いつかは自分もそうなりたいな、と思っています。
「身体性」。
なるほど、そういう考え方だったのだな。
また一つ、こうやって、人の言葉で自分の考えを整理したのでした。
ずいぶん前に、「身体性とは制約である」と茂木さんは言われていました。
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/08/post_61af.html
そんな制約があるからこそ、人の脳は鍛えられる、発達するのではないか、
と思うのでした。
仕事でもよくこんなふうに考えます。
今あるシステムで、自分がやりたいことをどこまで実現するか、
と考えるのも大切。
じゃあ、システムをどうすればいいか、どうしたら世界がもっと広がるか、
そうやって考えるのも大切。
つまりは、どっちにしても、考えることが大切だっちゅーことさ。
閑話休題。
というわけで。
コピペでレポート出して満足してるようじゃ、やっぱりダメなのだ。
など、NHK「クローズアップ現代」を見て思ったのでした。
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