- 2008年8月 2日 10:18
- 考え中
先月の国際ブックフェアでの茂木健一郎先生の講演で刺さった言葉。
・人間は本気になるためにはいろいろな条件が必要
・読んだ本を積み重ねた高さの分だけ遠くを見晴るかすことができる
あと、電車の中で携帯をカチカチやっている女性よりも、
『存在と時間』なんて読んでいたら、茂木先生はグっとくるのだそうです(笑)。
『存在と時間』ってハイデガーのですね。
私も、電車で携帯ゲームに興じている男の人よりも、
本を読んでいる人のほうがステキだと思います。
そんな難しい本じゃなくていいけど(笑)。
あと、ずいぶん前の講演(対談)で先生が言われていた、
・今は大学が独占しているリソースはない。
・勉強したければ誰でも勝手にできる。
というのも、当時、私の頭に刺さりました。
そうなんですよね。
今はインターネットという便利なものがありますし、
論文だって、一般の人でも読もうと思えば読めるのですから。
そして今年、
・脳は暗示にかかりやすい、根拠なき自信を持て
という言葉に、すごく救われたのでした。
さて、今日は朝から洗濯、掃除とバタバタしてすでに疲れ気味。
午前中から出かけてコンタクトレンズを買って、中目黒を散歩して、
自由が丘で姉と待ち合わせ、と思っていましたが、
コンタクトレンズは新宿なので、やっぱり明日かな……。
午前中はゆっくりしよう。
ということで、『ヴェロニカ・マーズ』というドラマのDVDを見る。
主演のクリスティン・ベルがかわいいんだな。
でもティーンの英語は聞き取りづらい気がする……ぜんぜんわからん。
『SEX AND THE CITY』は、すごくわかりやすかったのにな。
映画版しか見てないから詳しくは知らないんだけど。
昨日は、会社で3度ほど、心にしんどい思いをしたので、
ちょっと心が疲れてしまいましたが、吹き出さないように、
上手にフタをしておかなくちゃ、と思っております。
コミュニケーションのとり方って人によってぜんぜん違うから、
不愉快な思いにしたりさせたりが多少生じるのは仕方のないこと。
そこをどう飲み込むか。
割と仕事に熱い人なので、ついつい一所懸命に考えすぎて、
人にも同じ温度をを求めてしまうのが悪いくせ。
別に求めて、人に「これをやれ!」とか言うわけではないですが。
なぜやらないのだろう、と思って勝手にしんどくなっているだけですね。
世の中を知ることが、とても大切だと痛感しています。
一段一段、上っていくと、その前の自分の主張なんて、
本当に「ああ、なんて拙い……」と恥ずかしく思うこともしばしば。
でも、それも経験というものなんだなあ、と知りました。
そんな過去のかっこ悪い自分からも、目をそむけないようにはしています。
それを受け入れてきてくれた目上の人たちに対して、
感謝と反省の気持ちをちゃんと持つように……という意味もあり。
もちろん愚痴はいっぱいあるけれど、愚痴は愚痴、仕事は仕事。
ところで昨日、組織変更があり、新しい上司がやって来ました。
今の上司のさらに上に新しいポジションができた、ということですが。
その方が、自己紹介をされたときに、ちょっとハッとしました。
「これまでの経験を生かし、そしてせっかく転職をするのであれば、
世の中の役に立つ事業にたずさわりたいと思いました」
恥ずかしながら、過去にいろんな人を受け入れてきて、
あまりうまくいかないことが多かったのが事実。
今回も、すごく不安がつきまとっているのも事実。
でも、当たり前のことですが、初日から自分のミッションを明らかにされ、
それを部下に伝え、とりあえずその目標スケジュールを考えて伝え、
部下と面談したい、と言っていただいただけで、かなり安心を覚えました。
話が逸れましたが、どんな仕事でもそうなのだけれど、
私たちのやってる仕事も、人の役に立っているんですよね。
そう感じただけで、ちょっと気持ちが軽くなりました。
別にその上司の挨拶も、普通に聞けば普通のことで、
決まり文句みたいなものと、受けとれないでもないけれど、
私もそう思ってたよな、ということを思い出させてくれたので、
私にとっては、その言葉が立体的に浮き上がって聞こえたのでした。
耳に入る言葉とか、目に入る光景って、ものすごく立体的だな。
最近は、特にそう感じられるようになりました。
いや、子どものころからずっと感じてきたことなのだけれど、
「なんだろう、この感覚、なんて説明すればいいんだろう」
と思ってきたんです。
もちろん、本当に小さいころは、「なんだろうこの感覚」という思いもなく、
ただただ、いろいろなことを立体的に感じていただけだったと思いますが、
中高生ぐらいになると「これはどう表現すればいいんだろう」と思うようになります。
それが最近「ああ、わかった、何もかも立体的だったんだ」とひらめいたんです。
そして、「そうか、これが茂木せんせいの言う、『ひらめき』か!」と。
ひらめくのは気持ちがいいことだ、と先生の著書に書かれていましたが、
本当に気持ちがいいものです。
そして先生が常々言われている「クオリア」というものを感じた気がしました。
結局私の脳も、言葉にも音にも質感を感じていた、ということなんだと思います。
昨日、今日と、いろいろと思うことの多い1日だったので、
長々しく日記につづってみました。
